テサロニキ会議とは?|国際会議の歴史を解説

先生、『テサロニキ会議』について教えてください。

地球環境の専門家
テサロニキ会議は、持続可能性のための教育の在り方を話し合うために、1997年にギリシャで開かれた国際会議です。この会議を経て、環境教育は「持続可能な開発のための教育(ESD)」として国際的に位置づけ直されていきました。ESDとは、環境・社会・文化・経済のつながりをとらえ、持続可能な社会をつくるために必要な知識や考え方、行動する力を育む教育のことです。会議では、その重要性とあわせて、実現に向けた課題と対策が議論されました。

ESDは、環境問題を解決するために重要な概念なのですね。ESDを実現するために、私たちにできることはありますか?

地球環境の専門家
身近なところでは、環境問題について学び、地域の保全活動に参加したり、リサイクルや省エネを日々の習慣にしたりすることが挙げられます。ただしESDの要は、一人ひとりの行動にとどまらず、学校教育や地域の学びの場そのものに持続可能性の視点を組み込むことにあります。テサロニキ会議は、まさにこの「教育への統合」を国際的な課題として打ち出した会議でした。
テサロニキ会議とは。
環境に関する国際会議「テサロニキ会議」は、1997年12月にギリシャのテサロニキで開催されました。国際連合教育科学文化機関(UNESCO)とギリシャ政府の主催のもと、83カ国から政府関係者や研究者、NGOなど約1,200人が集まり、持続可能性のための教育(後の持続可能な開発のための教育=ESD)の在り方を議論した会議です。
テサロニキ会議の概要と目的

会議の正式なテーマは「環境と社会に関する国際会議:持続可能性のための教育と市民の意識向上」でした。この名称が示すとおり、目的は二つあります。ひとつは、自然保護や公害防止を中心としてきた従来の環境教育を、持続可能性という広い枠組みからとらえ直すこと。もうひとつは、社会全体の意識をどう高め、行動へつなげるかを検討することです。
そのため議論は学校教育にとどまらず、社会教育やメディア、企業活動を通じた学びにまで広くおよびました。ここで示された理念は、のちに持続可能な開発のための教育(ESD)という名称で国際的に定着していきます。
テサロニキ会議の開催場所と開催期間

舞台となったテサロニキは、アテネに次ぐギリシャ第二の都市で、北部のマケドニア地方に位置する歴史ある港湾都市です。ギリシャ最大規模のアリストテレス大学を擁する学術・文化の拠点でもあり、国際会議の開催地にふさわしい環境を備えていました。
会期は1997年12月8日から12日までの5日間。政府代表、研究者、教育関係者、NGOなど立場の異なる参加者が一堂に会し、全体会合に加えて分科会やワークショップ、事例発表といった多様な形式が組み合わされました。政策レベルの方針づくりと現場の実践報告を往復しながら議論を深められた点が、この会議の特徴です。
テサロニキ会議の歴史的背景と経緯

テサロニキ会議は、環境教育をめぐる国際的な議論の積み重ねの上に開かれました。出発点となったのは、1975年のベオグラード会議で採択された「ベオグラード憲章」です。ここでは、関心・知識・態度・技能・評価能力・参加という環境教育の目標の枠組みが示されました。続く1977年、当時のソ連・グルジア共和国(現ジョージア)のトビリシで開かれたトビリシ会議(政府間環境教育会議)は、環境教育の目的と原則を初めて体系的に定め、各国の政策の基礎となります。議論はその後、1987年のモスクワ会議、1992年のトロント世界会議へと引き継がれ、テサロニキ宣言はこれら4つの会議の勧告と行動計画が今なお有効であることを確認しています。
もうひとつの流れが、1992年にブラジルのリオデジャネイロで開催された国連環境開発会議(地球サミット)です。ここで採択された行動計画「アジェンダ21」の第36章には「教育、意識啓発および訓練の推進」が盛り込まれ、教育が持続可能な開発の実現に不可欠な手段として位置づけられました。環境教育を自然保護教育にとどめず、持続可能な開発の観点から再構築する必要性が、ここで国際的に共有されたのです。
こうした流れを受け、UNESCOとギリシャ政府は、トビリシ会議から20年の歩みを総括する場として、1997年12月にテサロニキ会議を開催しました。
テサロニキ会議の成果と影響

テサロニキ会議の最大の成果は、29項からなる「テサロニキ宣言」の採択です。この宣言には、持続可能性のための教育を推進するための重要な方針が盛り込まれました。
テサロニキ宣言で示された主な方針は次のとおりです。
- 環境教育を、「環境と持続可能性のための教育」として再定義する
- 持続可能性のための教育を、あらゆる教育段階・分野に統合する
- 政府、地方自治体、市民社会、企業、メディアが連携して取り組む
- 市民の意識向上と行動変容を促すための教育プログラムを、開発する
- 文化の多様性や伝統的知識を尊重した教育アプローチを、推進する
注目すべきは、宣言が環境教育を単独の分野として扱わず、貧困や人口、健康、人権、平和といった課題への教育と一体のものとしてとらえ直した点です。この視座がその後の国際的な教育政策の方向性を決定づけました。テサロニキ会議は、次に述べる「国連持続可能な開発のための教育の10年(DESD)」や、現在の持続可能な開発目標(SDGs)の教育目標へと理念が受け継がれていく、重要な転換点となったのです。
テサロニキ会議の後の国際協力の取り組み

2002年に南アフリカのヨハネスブルクで開催された持続可能な開発に関する世界首脳会議では、日本政府とNGOの提案により「国連持続可能な開発のための教育の10年(DESD)」が提唱され、同年12月の第57回国連総会で満場一致の決議として採択されました。2005年から2014年までの10年間、UNESCOを主導機関として、世界各国でESDの普及が進められます。
DESDの後継として位置づけられたのが、2013年の第37回ユネスコ総会で採択された「ESDに関するグローバル・アクション・プログラム(GAP)」です。GAPは2014年に愛知・名古屋で開かれたユネスコ世界会議で立ち上げられ、2015年から実施されました。
同じ2015年、国連サミットで採択された持続可能な開発目標(SDGs)では、目標4「質の高い教育をみんなに」のターゲット4.7に、2030年までに、持続可能な開発のための教育や持続可能なライフスタイル、人権、男女の平等、平和と非暴力の文化の推進、グローバル・シチズンシップ、文化多様性の尊重などに関する教育を通じて、すべての学習者が持続可能な開発を促進するために必要な知識と技能を習得できるようにすることが掲げられました。
そして2019年、GAPの後継枠組みとして「ESD for 2030」(2020〜2030年)が決定され、SDGsの達成に貢献する教育としてESDが改めて位置づけられました。テサロニキ会議が示した理念は、四半世紀を経た現在も、国際的な教育政策の底流として受け継がれています。


